御朱印旅紀行

全国の寺社を旅行して御朱印をいただいています。

芳賀、那須烏山、喜連川、氏家 栃木県東部御朱印巡り

あまり知る人のいない栃木県東部 

 この日は栃木県西部の芳賀町から北上してさくら市の喜連川・氏家まで走るルートをとりました。

 このエリアは栃木県外の人はほとんど行ったこともないと思われますし、名前を聞くことも少ないエリアかと思います。私が聞いたことがある名前としては 栃木県芳賀産こしひかり (コストコで売っています。美味しいです)と かんぽの宿 栃木喜連川温泉 くらいでしょうか。地理的に言うと宇都宮市の東、焼物で有名な益子、SLで有名な真岡の北側にあたります。

 学生時代に地図帳の地名の探しあいのゲームをしていた地理好きの私の知識でその程度ですので、かなりのマイナーなあまり知られていないエリアを思ってよさそうです。

 そうとは言え、このエリアにはなかなか歴史のある寺社仏閣がそろっています。昔と今とでは交通手段や産業構造が違いますので栄えるエリアも異なり、こうした取り残され気味のエリアもできてしまいますが、そういう地域に目を向けて御朱印旅行できるのはとても面白いことです。

芳賀町の寺社をまわる

芳賀天満宮

 北関東道宇都宮上三川ICから快適なバイパスを走り、カーナビに従い到着しました。高台にあり平地を見渡せる地形でいかにも「古くからの神社」というロケーションです。

 鎌倉時代の貞永二年(1233年)に創建で宇都宮氏などの崇敬を受けてきており、現在では学問の神様を祀る神社として受験生の合格祈願の神社として栃木県一円から参拝客が来るとのことです。また境内にはいろいろな花が植えられており、特にロウバイが見事なことでも知られています。

 境内には菅原道真公に因んで大きな牛の像がありとても印象的です。

 オリジナル御朱印帳がありましたので購入しました。表紙が西陣織製の立派な御朱印帳です。 

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延生(のぶ)地蔵尊

 芳賀の町の方に向かい延生地蔵尊に到着しました。安産・子育ての地蔵様として信仰されておりお寺の前にべビー用品のお店があります。

 こちらも栃木県一円あるいは関東・東北からも参拝客が来るとのことです。

 御本尊の地蔵菩薩蔵は運慶作と言われています。

 御朱印は庫裏にていただきました。

道の駅 はが

 昼になりましたので昼食を取ることにして「道の駅 はが」に車を停めました。特段大きな幹線道路沿いというわけではないので利用者も地元の方中心ののんびりした雰囲気です。

 こちらの農産物直売所で買い物をしました。 

 食堂のようなところでお昼にしました。なかなか味も良くボリュームもあったので満足でした。 

 日帰り温泉もありましたが先があるので今回の利用は見送りました。

 ここからは北関東36不動の札所を目指して北上することになります。

祖母井神社

 北関東36不動第20番崇真寺を目指しましたが大きな鳥居と駐車場があったので参拝しました。

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 神社は平安時代の創建の古社ですが本殿も社務所も新しい雰囲気です。

 川口松太郎の「破れかぶれ」という小説の舞台になっているそうですが小説自体を読んでいないのでよくわかりません。  

 アマゾンで「破れかぶれ」を探しましたがありませんでした。同じ作者のこちらの書評を見てみましたら江戸の人情を描いた面白そうなお話で、読んだ人の評価も高く興味を惹かれました。せっかくの縁ですので次の出張用にKindleにダウンロードしました。

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 話がそれましたが御朱印は社務所でいただきました。こういう予定にないところで御朱印をいただくとすごく得した気分です。

北上し喜連川、氏家に向かう

 栃木県東部を走る県道61号線を北上し最終的には喜連川に向かいます。この沿線に北関東36不動の札所が3か所あります。東京からかなり距離のあるところなので1日で全部回り切りたいところです。

崇真寺 犬切不動尊

 犬切不動尊とはなかなか勇ましい名前ですが、その昔、宝前の供物を荒らす巨犬を利剣で切り伏せたという言い伝えからそう呼ばれ崇められているそうです。大同二年空海作と言われています。

 地震の影響で建造物がいくつか倒壊したそうでいまだに修復されないままのところが目につきました。

 北関東36不動の御朱印を庫裏にていただきました。

那須烏山市 安楽寺

 一本道をどんどん走っていくと途中に大きなお寺が見えてきました。看板に関東八十八箇所とありましたので立ち寄ることにしました。関東八十八箇所はまわりだすと大変そうなのでやっていませんが機会があればいただくというスタンスです。

 お寺の歴史は非常に古く、最澄、空海とともに平安初期を代表する名僧の徳一による開創とされています。御本尊の薬師如来像も平安時代の作と言われています。

 那須烏山市は市町村合併により2005年にできた市だそうですが、今日ここへ来るまで名前も存在も知りませんでした。いろいろ勉強になって面白いです。

喜連川 慈光寺

 喜連川氏は足利氏の子孫で鎌倉公方足利基氏を祖とする名族で、江戸時代にはその家格の高さから特別扱いされていました。その名を持つ喜連川町は氏家町と合併して「さくら市」となってしまっています。喜連川も氏家も歴史も由緒もある素晴らしい名前で、名前を聞けばある程度の場所が思い浮かぶのに「さくら市」ではどこだかわかりませんし、そもそも千葉県の佐倉市と区別付かないで良いところなしです。市の名前を決めるときの妥協の産物でしょうが「どちらも損」という情けない結果となってしまったようです。

 慈光寺は北関東36不動第21番札所です。喜連川(足利)氏から寺領を賜っているお寺です。

 境内に駐車しましたがあまり広くないので少し緊張しました。御朱印は庫裏にていただきました。

 なお喜連川の町ですが小さいですが歴史を感じる雰囲気のある町です。温泉も出るのでいつかは泊りがけで行ってみたいなと思ってます。

氏家 光明寺 感満不動尊

 同じさくら市ですが、こちらは氏家ですので、そこそこの距離があります。氏家の町は区画整理がなされた広い道があり商店もそこそこあり喜連川よりも栄えている感じです。やはり東北本線の駅があるのが大きいのでしょう。

 感満不動尊光明寺は1427年創建のお寺です。こちらは何といっても身の丈2.94mの青銅造不動明王坐像が見事です。1759年に鋳造されたそうです。

 氏家で古くから古くから信仰を集めており、毎年2月と10月に感満不動尊縁日には多くの参拝客が訪れるそうです。

 境内に駐車しましたが広くて停めやすかったです。

 御朱印は庫裏にていただきました。

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 この後近隣の今宮神社へ行ってみましたが残念ながらご不在で御朱印はいただけませんでした。

かんぽの宿 栃木喜連川温泉

 いい時間になったので寺社巡りはこの辺で切り上げて温泉に行くことにしました。いろいろ調べましたが、喜連川に戻って「かんぽの宿 栃木喜連川温泉」に行くことにしました。

 日帰り専門の温泉施設よりもホテルや旅館の方がお風呂が立派で、しかも空いていることが多いので利用させてもらえるところがあればそちらを優先しています。特に「かんぽの宿」は基本的にどこも日帰りOKなので気兼ねなく利用できて重宝します。

かんぽの宿 栃木喜連川温泉

 喜連川温泉は「日本三大美肌の湯」の一つとされている名湯です。(残り2つは斐乃上温泉、嬉野温泉)

 確かになかなか良い温泉でゆっくりできました。

 ここから東北道で家に帰りました。なかなかハードなスケジュールでしたが北関東の札所を3か所を全ていただくことができて良かったです。 

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